話がピーマン

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「話がピーマン」
この意味を知っていますか?
ピーマンの中は空洞で中身が無い。
だから、話がピーマンとは
“中身の無い話” という意味です。

だけど、
大抵の話は中身が無いものでしょう。
学校の授業、契約(約束)、ニュース、天気予報
といった類いは中身が有る。
というか、中身が無いといけない。
ただ、家族や友人等の
気が置けない間柄との会話は
中身が無くて良い。
そりゃあ、
時々は中身の有る会話もするでしょうが、
毎回、何かためになる情報や
落ちの有る話をして無いでしょ。

男子(男性)の場合、
デート前、彼女を楽しませる為に
「今日は何を話そうか」と、
話題を用意する人もいるらしい。
健気……。

皆さんは会話に何を求めますか?
私は特に何も求めて無い。
演出しない会話が良い。

人によっては会話に、
自分へのメリットを求める人がいる。
そういう人達は
ピーマンな話は時間のムダと思うだろう。
もしくは、
「こいつの話は面白く無いけれど、
他の事で利用価値が有るから
付き合っておこう」
と考えるだろう。
ビジネスにおいては、妥当な行動でもある。

だが私は、親しい人とは
中身が無い会話が出来る関係でいたい。
それでも幸せな時間を共有出来る関係
というのは嬉しいものだ。

杉真理(すぎ まさみち)の曲『Nobody』の歌詞で
「君のしゃべる言葉の半分は意味が無い」という
フレーズが好き。
(これは、ビートルズのジョンレノンの事を歌った
という噂だが、それはまた別の機会で)


さて、中身が無いと言われるピーマンだが、
ご存知のように、
中身に何も無いわけでは無くて “種” は有る。
私は以前、
ピーマンの種は取って料理していた。
種は取るように教わった(料理本等で)と思う。
イカの種は
「食べるとお腹が痛くなる」
と、子供の頃におどかされた記憶があるが、
ピーマンの種も同じ様に思っていた。
しかし2、3年位前、ある料理番組で
「種は捨てない。食べられる」と
言っていた。
何かの栄養素も入っていると言っていた。
それを聞いてからはピーマンの種は
捨てずに料理している。

また最近のニュースで、
品種改良され、種の無いピーマンが出来た
という事を知った。
「種は要らないから取る手間が省ける」
と考える人には朗報かもしれない。
でも、種は食べられる。栄養も有る。
という事を知った今の私は
「種が無くなっちゃって良いの?」
という思いだ。

少し前の事だが、
特効薬が無かった何とかという病気に、
ごく身近な何とかという食物が
効き目があるという事がわかった
というニュースを観た。
(何とかだらけでスミマセン)
この何とかは、
例えばピーマンの種みたいな部類の
大して重要に思われていない食物だった。

今、役に立っていない物は、
もう意味の無い要らない物と考えるが、
研究者が地道に研究していて
“あ、アレが特効薬だ!” と発見された時に
「有っても意味が無い物だったので
 もう絶滅してます」
という事が無いと良いなぁ。

とはいえ、
絶滅したマンモスや恐竜が
現代に生存する事は出来ないけれど。

ジャイアントペンギン ” 見てみたかった。

……それでは今日はこのへんで。
またブログでお会いしましょう✨
   夏の真昼

本日のBGM:佐野元春僕にできることは』

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夏の真昼 著 小説
『フーガ遁走曲~白薔薇婦人が愛した庭~』
https://natsunomahiru.hatenablog.com

横浜を舞台にした物語、是非一度お読みください。